「大連」を旅しよう!中国、日本、ロシアの近現代史が交錯する町

「大連」を旅しよう!中国、日本、ロシアの近現代史が交錯する町

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中国の東北地方の最南端にある大連は、東アジアの近現代史に登場するスポットがいくつもあり、歴史に興味があればぜひ訪れたい町です。その一方で、気ままな散策にふさわしい、おしゃれな街並みもあります。今回はそんな大連旅行のおすすめ観光スポットをご紹介します。

目次

この記事の3行まとめ(AI要約)

  • 大連は日露戦争や日本統治時代の史跡が集中するエリアで、白玉山・二〇三高地・旅順日露監獄旧跡地博物館など近現代史を体感できる観光地が多数残るのが最大の見どころ。
  • 中山広場・大連港・旧満鉄本社などロシア租借時代・満鉄時代の建築が現存し、ロシア風情街や南山日本人街、大連東関街歴史文化街区は街歩きスポットとして人気を集めている。
  • 歴史ファン向け・街歩き好き向けそれぞれのモデルコースが組めるうえ、エビやウニを使った大連海鮮餃子など新鮮な海鮮グルメも楽しめるため、多様な旅行目的に対応できる。

大連旅行の観光スポットは?

大連旅行の観光スポットは?

大連というと、どんな印象があるでしょうか?ロシア人が建てた町で、その名も「遠い」を意味するロシア語の「ダルニー」に由来します。日露戦争では二〇三高地が激戦地となり、日本占領時代には旧満州と日本を結ぶ玄関口となりました。日本が敗戦した後は、旧満州からの引揚者がここから日本の舞鶴港へと送り出されています。

ただ大連には、そんな苛酷な歴史を感じる場所だけでなく、海水浴場や水族館など、家族で楽しめる行楽地も豊富です。

そんな大連でぜひ訪れたい観光スポットは以下の通りです。

歴史スポット

白玉山
旅順港や二〇三高地、東鶏冠山を見渡せる、標高130メートルの展望スポットです。山頂には現在「白玉山塔」と呼ばれているロウソク型の塔があります。この塔はかつて、乃木希典将軍によって日露戦争で犠牲になった日本兵の遺骨が集められた表忠塔でした。南道の中腹には清朝がドイツから購入し、日露戦争時はロシア軍が旅順の防御を固めるために用いた大砲が展示されています。
📍大連市旅順口区白玉山
🚗旅順駅から車で約6分

旅順日露監獄旧跡地博物館
1902年から1906年までロシアが監獄として用い、その後は1934年まで日本の監獄でした。灰色の建物はロシア時代の建物で、監房は85室でしたが、日本が占拠した後に建て増しされ、253室まで増加しました。収監されていたのは主に政治犯や思想犯で、伊藤博文の暗殺で知られる安重根が収監されていた部屋も残っています。
📍大連市旅順口区向陽街139号(定休日・月曜)
🚗旅順駅(旅順汽車站)から車で約10分

二〇三高地
仲代達矢が乃木希典将軍役を務めた舛田利雄監督の映画『二百三高地』や司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』などで知られる、日露戦争の激戦地です。1904年、日本軍は当時ロシア軍が拠点としていた旅順港を防衛していた旅順要塞を攻囲すべく、旅順港の西北にある標高203メートルの二〇三高地の占拠を試みました。しかし乃木希典将軍が指揮する日本軍は短期決戦に失敗してしまい、7ヵ月の苦戦を余儀なくされます。最終的には何とか高地を占拠し、湾内艦隊への砲撃によって旅順を陥落させました。日本軍の死傷者はおよそ5万9000人に上りました。
📍大連市旅順口区
🚕旅順駅からタクシーで約20分

水師営会見所
「水師営」とは日露戦争で激戦地となった旅順の近くにある村です。1905年1月、ここで乃木将軍とステッセル将軍が会見し、停戦条約を締結しました。日本軍が農家を診療所として使っていたため、会見が行われたのも元は診療台だったテーブルでした。
📍大連市旅順口区水師営街道西街
🚗旅順駅から車で約15分

東鶏冠山北堡塁
ロシア軍の堡塁跡の一つで、難攻不落だったことで知られ、今も戦闘時の弾痕が多数残っています。激戦の末、陥落しましたが、日本軍、ロシア軍とも、多くの兵士がここで命を落としました。
📍大連市旅順口区東鶏冠山景区
🚗旅順駅(旅順汽車站)から車で約20分

近代建築・広場

中山広場
1898年に帝政ロシアが清朝政府から大連を租借した際に、パリの街並みを真似て建造したとされる広場です。広場から放射状に道路が走っており、広場を囲むように大連賓館(旧ヤマトホテル)、遼寧省対外貿易経済合作庁(旧大連警察署)、中国銀行遼寧省分行(旧横浜正金銀行大連支店)などの歴史建築が並んでいます。ホテルや銀行は中に入って建物を見物することもできます。
📍大連市中山区
🚇地下鉄2号線 中山広場駅すぐ

大連港
1898年に帝政ロシアの租借地となった際、建造された港です。小さな漁港だった大連が大規模な港湾都市に生まれ変わるきっかけになりました。開発が進んだのは中国東北部にありながら冬も凍らない不凍港で、大型船の停泊も可能だったからだと言われています。最も東側にあるのがロシアによって建造された埠頭で、残り3つは日本租借時代に満鉄が建設しました。かつては日本と満州を結ぶ港として栄え、第二次世界大戦敗戦後、2番目の埠頭は満州の日本人が舞鶴に引き揚げる際に使われました。港湾事務所の建物は、満鉄が残した歴史的建築で、屋上が港を見下ろせる展望台となっています。
📍大連市中山区港湾街1号
🚇地下鉄2号線港湾広場駅から徒歩約10分

大連人民広場
旧関東州庁で現在は人民政府となっている建物や、旧高等法院である大連司法局など、日本統治時代の建物が残る広場です。一時期はスターリン広場と呼ばれていました。
📍大連市西崗区人民広場1号
🚇地下鉄2号線 人民広場駅から徒歩約3分

旅順博物館
旅順の旧市街にあり、1917年開館で、中国で最も早い時期に設けられた博物館の一つです。本館と別館があり、本館は元々帝政ロシアの将校クラブだった建物を利用しています。展示品にはシルクロード関係の文化財、仏教美術の品、玉石や金属の文物、陶磁器、書画、工芸品、大連で出土した文物や日本の絵画や陶磁器など2.7万点/セット余が収蔵されています。
📍大連市旅順口区列寧街42号(定休日・月曜)
🚗旅順駅から車で約10分
公式サイト https://lvshunmuseum.cn/

旧満鉄本社
南満州鉄道株式会社(以下満鉄)の本社だった建物。1906年に設立された満鉄は1907年に大連に移転し、翌年、ロシアが建設中だった学校の建物を転用して本社にしました。建物は今も中国の鉄道会社が利用しています。総裁室が当時のまま保存されており、事前予約すれば有料で見学することができます。
📍大連市中山区鲁迅路9号
🚗大連駅から車で約10分

旅順駅
1900年竣工、1903年営業開始で、現役の駅舎の中では中国最古です。帝政ロシアが建設し、開業当初は軍港と大連を結ぶ、物資輸送用の鉄道駅でした。ロシア風の緑の屋根がレトロな雰囲気を醸し出しています。
📍大連市旅順口区井崗街

行楽・レジャー

星海公園
前身は1909年に満鉄が総合リゾート地として開発した星ヶ浦。今は海水浴、バンジージャンプ、スキーなどが満喫できる、大連市民の憩いの場となっています。遊園地やテーマパーク型の水族館「聖亜海洋世界」も隣接しています。
📍大連市沙河口区中山路
🚇地下鉄1号線 星海広場駅から徒歩約10分

大連旅行のモデルコースは?

歴史ファン向けコース

アジアの近現代史に興味があるなら、

東鶏冠山北堡塁→白玉山→水師営会見所→二〇三高地

の順にめぐり、余裕があれば周辺の歴史スポットにも立ち寄るのがお勧めです。

街歩き好き向けコース

歴史的建築物や古い街並みに興味があるなら

中山広場→南山日本人街→五金街(旧連鎖街)→大連東関街歴史文化街区

などの順に、気ままに散策してみましょう。

大連旅行で歴史的街並みを見るなら

大連

大連にはロシア風情街がありますが、建物には新しく建て直されたものが多く、裏通りに入らないとなかなか本当に古い建物が見られません。もし古い町並みを感じながら街歩きを楽しみたいなら、以下のスポットを訪れてみましょう。

ロシア風情街

1898年に帝政ロシアが大連と旅順を租借する条約を結んだ際、ロシアが最初に開発したエリアです。2000年に観光地として整備されました。その昔、日本橋と呼ばれていた勝利橋を渡ると、全長430メートルの通りに19世紀から20世紀初頭のロシアの街並みが保存・再現されています。
通りを入るとすぐ見えるのは、大連芸術展覧館の建物です。建設当初はロシアの東清鉄道汽船会社の社屋でしたが、戦後に取り壊されたため、北九州市門司港にあるレプリカをもとに復元されました。通りの突き当りにあるのは文化財建築である旧大連市役所です。その後最初の満鉄本社となり、「満鉄ヤマトホテル』「満蒙資源館」「大連自然博物館」などとして使われました。ヤマトホテルだった時期には、文豪夏目漱石もここに宿泊しています。商店街は歩行者天国となっており、約200メートルにわたってロシア風の土産物を売る店などが並んでいます。
📍大連市西崗区俄羅斯風情街
🚶大連駅から徒歩約15分

南山日本人街

南山の北麓にある七七街やその周辺の楓林街、南山路、五五路、望海街の一帯は、日本統治時代の高級住宅街で、今も和洋折衷のモダンな建物が並んでいます。旧ドイツ総領事館の大連市文博芸術館、博愛医院(現・大連市第二病院)の創立者で台湾人の孟天成の故居(楓林街36号)、元・日本陸軍奉天特務機関大連派出所(南山街10号)、張作霖の旧官邸(望海街32号)など、文化財建築も豊富です。近年、再開発によって景観が整備されると、おしゃれな喫茶店やバー、レストランが増加し、新たな街歩きスポットになりました。周辺には1920年に南山麓公園として整備されたことに始まる植物園、1936年に整備された児童公園などもあります。

大連東関街歴史文化街区(旧小崗子)

旧満州時代に中国人が住んでいたエリアが近年、観光スポットとして改修され、おしゃれな街歩きスポットとなっています。大連で一番古い街並みでありながら、一番新しい流行スポット。レトロな路面電車も走っており、訪れてみない手はありません。

五金街(旧連鎖街)

日本統治時代はの東洋で名だたる商店街だったエリアです。その後、「五金街」と改名され、金物や家電を売る店が集まっていましたが、大型家電店やネットショップの進出によって活気が次第に失われました。その後、歴史的建築物の再評価が進み、政府による街並みの修復工事が始まりました。
連鎖街は日本の芸能人や文化人とゆかりが深い街です。三船敏郎の父親は連鎖街で映画館を営んでいたため、三船敏郎は少年時代を連鎖街で過ごしています。また作家の井上ひさしの有名な戯曲「連鎖街のひとびと」の舞台でもあります。

大連旅行ではおいしい海鮮も忘れずに

大連と言えば何といっても海鮮。とくにエビやウニなどの海鮮を具にした大連海鮮餃子はぜひ味わいたい一品です。他にも、蒸した魚介類など、素材の味を活かしたあっさりとした味付けの料理が多いため、日本人の口に合いやすいでしょう。

このように、歴史ファンにとっても散策好きにとっても、食通にとっても魅力あふれる町、大連。中国旅行を計画する際は、ぜひ選択肢に入れてみましょう。

投稿者アバター
多田麻美 中国文化研究家・翻訳家 / Chinese Culture Researcher & Translator
京都大学で中国語学・中国文学を学び、17年半にわたり北京に滞在。中国文化や歴史、中国文学に関する著書・翻訳を多数手がける。
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