キングダムの舞台は今のどこ?咸陽や邯鄲の位置と戦国七雄地図

【キングダムの舞台は今のどこ】咸陽や邯鄲の位置と戦国七雄地図

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大人気漫画『キングダム』(原泰久/集英社)の主舞台である秦の首都「咸陽(かんよう)」は現在の中国・陝西省咸陽市(西安市のすぐ隣)であり、最大のライバル国・趙の首都「邯鄲(かんたん)」は現在の河北省邯鄲市にあたります。

作中に登場する主要都市や各国(戦国七雄)の領土は、その多くが実在する現代の中国都市と対応しています。

現在地や位置関係を把握すると、飛信隊や秦国軍の行軍ルート、作戦の地理的なリアリティが鮮明になり、作品の世界観をより深く楽しむことができますよ。

本記事では、主要都市の現在地、戦国七雄の比較一覧表、最強の要塞「函谷関」の地形的優位性、現代に残る歴史史跡まで徹底解説します。

目次

この記事のポイント

  • 咸陽は陝西省咸陽市:大都市・西安市のすぐ隣で、関中平原と呼ばれる肥沃な盆地に位置します。趙の都・邯鄲は河北省邯鄲市です。
  • 遠征距離は日本列島規模:咸陽から邯鄲まで直線でおよそ590km。徒歩の軍では片道1か月前後かかる計算になります。
  • 秦の強さは地理にもある:函谷関(河南省三門峡市霊宝市)をはじめ四方を関所に囲まれた「関中」が、秦の防衛と自給を支えていました。

『キングダム』の舞台は現代の中国のどこ?位置関係の結論

キングダム』の舞台は現代の中国のどこ?位置関係の結論

『キングダム』の物語は、中国北西部の内陸エリア(現在の陝西省)を中心に、東方の河北省・河南省・山東省へと広がっています。

(キングダムの舞台の春秋戦国時代については、以下の記事をご覧ください。)

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秦の都「咸陽」は現在の陝西省咸陽市(西安のすぐ隣)

秦の首都・咸陽(かんよう)は、現在の陝西省(せんせいしょう)咸陽市です。かつてシルクロードの起点や長安として栄えた大都市・西安市(旧・長安)に隣接しています。

  • 地理的位置:中国北西部の「関中(かんちゅう)平原」と呼ばれる、肥沃な農地が広がる盆地に位置します。
  • 主要都市からの距離:北京市から南西へ直線約900km、上海市から西へ直線約1,200kmの内陸エリアです。
  • 現代のアクセス:現代でも中国北西部の空の玄関口である「西安咸陽国際空港」が置かれ、空路・陸路の要衝として機能しています。

日本の感覚でわかる!咸陽から各都市への移動距離とスケール感

咸陽からライバル国への遠征距離を日本の主要都市間に置き換えると、信たちが戦った戦場の規格外なスケール感が一目で理解できます。

遠征ルート直線距離日本での感覚(同等距離)
咸陽 〜 邯鄲(趙の都)約590km東京 〜 岡山間(約540km)より少し遠い
咸陽 〜 臨淄(斉の都)約910km東京 〜 福岡間(約890km)とほぼ同じ
咸陽 〜 郢(楚の旧都)約550km東京 〜 岡山間とほぼ同じ

※いずれも地図上の直線距離の目安です。実際の行軍距離は地形に沿ってさらに長くなります。

歴史・地理ワンポイント

補給線と歩行遠征の過酷さ

現代の高速鉄道(中国新幹線)を使えば、西安から邯鄲まではおよそ4時間前後で到着します。しかし古代の重装備の歩兵軍は1日20〜30kmの移動が限界であり、片道だけで1か月前後を要しました。この長大な遠征において「兵糧(糧食)の補給線をいかに維持するか」が、王翦をはじめとする名将たちの最大の命題であったことが分かります。

(王翦の活躍については、以下の記事をご覧ください。)

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【比較表】作中の主要都市・国は現在のどこ?現代の地名一覧

咸陽からライバル国の都までの距離を比較する棒グラフ。三つの距離は約550km、約590km、約910kmで、それぞれ東京〜岡山とほぼ同じ、岡山より少し遠い、東京〜福岡とほぼ同じ距離を示す。下に補足説明のテキストがある。

『キングダム』に登場する戦国七雄(秦・趙・魏・楚・燕・斉・韓)の領土と主要都市は、現代の省・市と対応しています。

戦国七雄と作中都市の現在地一覧表

古代の国・都市名読み方現代の対応位置(省・市)その地に関わる主な史跡
秦(咸陽)しん(かんよう)陝西省 咸陽市・西安市秦都咸陽の遺址、秦始皇帝陵、兵馬俑坑
趙(邯鄲)ちょう(かんたん)河北省 邯鄲市趙王城遺址、叢台(そうだい)公園
魏(大梁)ぎ(たいりょう)河南省 開封市大梁の遺構は地下に埋もれており、地上には後代の史跡が残る
楚(郢 / 寿春)そ(えい / じゅしゅん)湖北省 荊州市 / 安徽省 淮南市楚紀南故城遺址、荊州古城(後代の城壁)
燕(薊)えん(けい)北京市燕下都遺址(河北省易県)
斉(臨淄)せい(りんし)山東省 淄博市臨淄区斉国故城遺址、殉馬坑
韓(新鄭)かん(しんてい)河南省 鄭州市新鄭市鄭韓故城遺址

※開封や北京には有名な観光地が数多くありますが、その多くは戦国時代よりずっと後の時代のものです。戦国期の遺構をたどりたい場合は、上表の「故城遺址」を目印にしてください。

趙の都「邯鄲」や激戦地「鄴」の現在地

王翦(おうせん)や楊端和(ようたんわ)らが挑んだ「鄴(ぎょう)攻め」の舞台は、現在の河北省邯鄲市臨漳(りんしょう)県にあたります。

  • 鄴の位置関係:趙の首都・邯鄲の南およそ50kmに位置する防衛の要でした。
  • 攻城戦の地形的意味:鄴は漳水(しょうすい)に臨む巨大城塞で、秦から見れば黄河を越えた先にあります。鄴を制圧することは、南から首都・邯鄲へ直進するための門戸を開くことを意味していました。

(「鄴(ぎょう)攻め」について、詳しくはこちらの記事をご覧ください。)

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なぜ秦は強かった?最強の防衛拠点「函谷関」と「関中」の地理的優位性

大人気漫画『キングダム』(原泰久/集英社)の主舞台である秦の首都「咸陽(かんよう)」は現在の中国・陝西省咸陽市(西安市のすぐ隣)であり、最大のライバル国・趙の首都「邯鄲(かんたん)」は現在の河北省邯鄲市にあたります。 作中に登場する主要都市や各国(戦国七雄)の領土は、その多くが実在する現代の中国都市と対応しています。 現在地や位置関係を把握すると、飛信隊や秦国軍の行軍ルート、作戦の地理的なリアリティが鮮明になり、作品の世界観をより深く楽しむことができますよ。 本記事では、主要都市の現在地、戦国七雄の比較一覧表、最強の要塞「函谷関」の地形的優位性、現代に残る歴史史跡まで徹底解説します。 この記事のポイント 咸陽は陝西省咸陽市:大都市・西安市のすぐ隣で、関中平原と呼ばれる肥沃な盆地に位置します。趙の都・邯鄲は河北省邯鄲市です。 遠征距離は日本列島規模:咸陽から邯鄲まで直線でおよそ590km。徒歩の軍では片道1か月前後かかる計算になります。 秦の強さは地理にもある:函谷関(河南省三門峡市霊宝市)をはじめ四方を関所に囲まれた「関中」が、秦の防衛と自給を支えていました。 『キングダム』の舞台は現代の中国のどこ?位置関係の結論 『キングダム』の物語は、中国北西部の内陸エリア(現在の陝西省)を中心に、東方の河北省・河南省・山東省へと広がっています。 (キングダムの舞台の春秋戦国時代については、以下の記事をご覧ください。) https://www.cclesson.com/blog/archives/4245 秦の都「咸陽」は現在の陝西省咸陽市(西安のすぐ隣) 秦の首都・咸陽(かんよう)は、現在の陝西省(せんせいしょう)咸陽市です。かつてシルクロードの起点や長安として栄えた大都市・西安市(旧・長安)に隣接しています。 地理的位置:中国北西部の「関中(かんちゅう)平原」と呼ばれる、肥沃な農地が広がる盆地に位置します。 主要都市からの距離:北京市から南西へ直線約900km、上海市から西へ直線約1,200kmの内陸エリアです。 現代のアクセス:現代でも中国北西部の空の玄関口である「西安咸陽国際空港」が置かれ、空路・陸路の要衝として機能しています。 日本の感覚でわかる!咸陽から各都市への移動距離とスケール感 咸陽からライバル国への遠征距離を日本の主要都市間に置き換えると、信たちが戦った戦場の規格外なスケール感が一目で理解できます。 遠征ルート 直線距離 日本での感覚(同等距離)咸陽 〜 邯鄲(趙の都)約590km東京 〜 岡山間(約540km)より少し遠い咸陽 〜 臨淄(斉の都)約910km東京 〜 福岡間(約890km)とほぼ同じ咸陽 〜 郢(楚の旧都)約550km東京 〜 岡山間とほぼ同じ ※いずれも地図上の直線距離の目安です。実際の行軍距離は地形に沿ってさらに長くなります。 歴史・地理ワンポイント 補給線と歩行遠征の過酷さ 現代の高速鉄道(中国新幹線)を使えば、西安から邯鄲まではおよそ4時間前後で到着します。しかし古代の重装備の歩兵軍は1日20〜30kmの移動が限界であり、片道だけで1か月前後を要しました。この長大な遠征において「兵糧(糧食)の補給線をいかに維持するか」が、王翦をはじめとする名将たちの最大の命題であったことが分かります。 (王翦の活躍については、以下の記事をご覧ください。) https://www.cclesson.com/blog/archives/8346#index_id10 【比較表】作中の主要都市・国は現在のどこ?現代の地名一覧 『キングダム』に登場する戦国七雄(秦・趙・魏・楚・燕・斉・韓)の領土と主要都市は、現代の省・市と対応しています。 戦国七雄と作中都市の現在地一覧表 古代の国・都市名 読み方 現代の対応位置(省・市) その地に関わる主な史跡秦(咸陽)しん(かんよう)陝西省 咸陽市・西安市秦都咸陽の遺址、秦始皇帝陵、兵馬俑坑趙(邯鄲)ちょう(かんたん)河北省 邯鄲市趙王城遺址、叢台(そうだい)公園魏(大梁)ぎ(たいりょう)河南省 開封市大梁の遺構は地下に埋もれており、地上には後代の史跡が残る楚(郢 / 寿春)そ(えい / じゅしゅん)湖北省 荊州市 / 安徽省 淮南市楚紀南故城遺址、荊州古城(後代の城壁)燕(薊)えん(けい)北京市燕下都遺址(河北省易県)斉(臨淄)せい(りんし)山東省 淄博市臨淄区斉国故城遺址、殉馬坑韓(新鄭)かん(しんてい)河南省 鄭州市新鄭市鄭韓故城遺址 ※開封や北京には有名な観光地が数多くありますが、その多くは戦国時代よりずっと後の時代のものです。戦国期の遺構をたどりたい場合は、上表の「故城遺址」を目印にしてください。 趙の都「邯鄲」や激戦地「鄴」の現在地 王翦(おうせん)や楊端和(ようたんわ)らが挑んだ「鄴(ぎょう)攻め」の舞台は、現在の河北省邯鄲市臨漳(りんしょう)県にあたります。 鄴の位置関係:趙の首都・邯鄲の南およそ50kmに位置する防衛の要でした。 攻城戦の地形的意味:鄴は漳水(しょうすい)に臨む巨大城塞で、秦から見れば黄河を越えた先にあります。鄴を制圧することは、南から首都・邯鄲へ直進するための門戸を開くことを意味していました。 (「鄴(ぎょう)攻め」について、詳しくはこちらの記事をご覧ください。) https://www.cclesson.com/blog/archives/8322 なぜ秦は強かった?最強の防衛拠点「函谷関」と「関中」の地理的優位性 秦国が他国(6カ国)の侵攻を食い止めつつ中華統一を果たせた最大理由は、「天険の要塞」に囲まれた地理的優位性にあります。 難攻不落の要塞「函谷関」は現在の河南省三門峡市 合従軍編のクライマックスとなった「函谷関(かんこくかん)」の跡は、現在の河南省三門峡市霊宝市にあります。 史料にみる函谷関の地形 南は崤山(こうざん)などの険しい山地、北は黄河に挟まれた非常に狭い谷間に築かれた関所であり、大軍で押しかけても正面から展開できる兵数は極めて限定される構造となっていました。 合従軍戦のリアル:合従軍が大軍であっても、この狭隘な関所を突破しない限り咸陽へ攻め込めない構造になっていました。 (「函谷関の戦い」について、詳しくはこちらの記事をご覧ください。) https://www.cclesson.com/blog/archives/8178#index_id11 天険に守られた「関中(かんちゅう)」という秦のホームグラウンド 秦の本拠地である「関中」とは、四方の要衝(4つの関所)に囲まれた盆地地帯を指します。 東:函谷関(かんこくかん)/河南省三門峡市霊宝市 南:武関(ぶかん)/陝西省商洛市 西:散関(さんかん)/陝西省宝鶏市 北:蕭関(しょうかん)/寧夏回族自治区固原市 この4つの関所を閉ざせば、外部から入る主要ルートを遮断できます。さらに渭水(いすい)流域の豊かな農地によって自給自足が可能なため、長期戦でも兵糧が尽きない「最強のホームグラウンド」でした。 地理を知ると漫画がもっと面白くなる!合戦のルートと遠征のリアル 作中の合戦シーンにおける各陣営の作戦やプレッシャーは、実際の地形や距離感を当てはめることでより立体的に理解できます。 「鄴攻め」の地理的プレッシャーと兵糧問題 王翦が打ち出した「鄴攻め」は、咸陽から500km以上離れた敵陣深くへ侵入する極めてリスクの高い作戦でした。 補給線の負担:黄河を渡り、太行(たいこう)山脈の縁を回り込みながら咸陽から兵糧を運び続けることは、極めて困難な位置関係でした。 現地調達の必然性:そのため作中では、敵地の兵糧を確保する「列尾・鄴の攻略」や、周辺の住民を鄴へ流入させて城内の食糧を消耗させる策が描かれます。こうした戦略の必然性が、地理を知ると腑に落ちます。 合従軍が咸陽を目指した侵攻ルートの脅威 作中の合従軍は、函谷関の正面突破を図ると同時に、南方の険しい山道を迂回して咸陽へ直接向かうルートを突きました。 南方の迂回路:関中の南門である武関の方面から、咸陽の背後を脅かす侵攻ルートです。 「蕞(さい)」の攻防戦のリアリティ:函谷関を迂回されてしまえば、咸陽の目と鼻の先にある「蕞」で食い止めるしかありません。地図で見ると、この一戦がどれほど絶体絶命だったかが鮮明になります。 キングダムの聖地巡礼!現代に残るゆかりの史跡・観光スポット 『キングダム』の舞台となった地域には、現在も嬴政や秦王朝の圧倒的なスケール感を体感できる世界遺産や史跡が存在します。 始皇帝陵と兵馬俑坑(陝西省西安市) 嬴政(後の始皇帝)の莫大な権力と歴史の重みを最も体感できるのが、ユネスコ世界文化遺産に登録されている秦始皇帝陵博物院(兵馬俑坑)です。 見どころ:等身大の兵士や馬の陶人形が、およそ8,000体にのぼると推定される圧巻の遺跡です。 作品との関連:兵士一人ひとりの顔立ちや武具、甲冑の再現度が極めて高く、作中の秦軍の装備や陣形を実物で確かめられます。 所在地:陝西省西安市臨潼区(咸陽市中心部から車で1時間ほど) 咸陽宮の遺址と邯鄲の歴史史跡 咸陽宮の跡地や趙の旧都・邯鄲にも、当時の歴史を伝える施設が整備されています。 秦都咸陽の遺址(陝西省咸陽市):嬴政が政務をとった咸陽宮の遺構や、出土したレンガ・瓦などが保存・展示されています。公開状況は変わることがあるため、訪問前に確認するのが安心です。 叢台公園(河北省邯鄲市):趙の武霊王が軍事訓練を観閲したと伝えられる台座跡(武霊叢台)があり、趙国の歴史とロマンを感じられます。 『キングダム』の舞台と現在地に関するよくある質問 秦の都・咸陽は現在のどこですか? 中国の陝西省咸陽市です。大都市・西安市(旧・長安)のすぐ隣にあり、関中平原と呼ばれる肥沃な盆地に位置します。現在は「西安咸陽国際空港」が置かれ、中国北西部の交通の要衝になっています。 趙の都・邯鄲と激戦地・鄴は現在のどこですか? 邯鄲は河北省邯鄲市です。鄴はその南およそ50kmの河北省邯鄲市臨漳県にあたります。邯鄲には趙王城遺址や叢台公園が残り、趙国の歴史をたどることができます。 函谷関は今も残っているのですか? 河南省三門峡市霊宝市に関所の跡があります。南は崤山などの山地、北は黄河に挟まれた狭い谷という地形で、大軍でも正面に展開できる兵数が限られる構造でした。これが秦の東の門を支えていました。 咸陽から邯鄲まではどれくらいの距離ですか? 直線距離でおよそ590kmです。日本でいえば東京から岡山あたりまでの距離に相当します。現代の高速鉄道なら4時間前後ですが、1日20〜30kmしか進めない古代の歩兵軍では片道で1か月前後かかった計算になります。 キングダムの聖地巡礼にはどこへ行けばよいですか? まずは陝西省西安市の秦始皇帝陵博物院(兵馬俑坑)がおすすめです。秦軍の装備や陣形を実物で確かめられます。あわせて咸陽市の秦都咸陽の遺址、河北省邯鄲市の趙王城遺址や叢台公園を巡ると、秦と趙の対比が体感できます。 まとめ:現代の中国地図と照らし合わせて『キングダム』を楽しもう 本記事の重要ポイントを以下におさらいします。 咸陽の現在地:陝西省咸陽市(大都市・西安市のすぐ隣)。 邯鄲・鄴の現在地:河北省邯鄲市(咸陽から直線距離でおよそ590km)。 最強の要塞:河南省三門峡市霊宝市にある「函谷関」が秦の東門を守っていた。 見逃せない聖地:西安市の「兵馬俑坑」や咸陽市の「秦都咸陽の遺址」。 古代の地形や都市の位置関係を把握し、現代の中国地図と照らし合わせながら『キングダム』の熱い合戦シーンや歴史のロマンをより深く味わっていきましょう。

秦国が他国(6カ国)の侵攻を食い止めつつ中華統一を果たせた最大理由は、「天険の要塞」に囲まれた地理的優位性にあります。

難攻不落の要塞「函谷関」は現在の河南省三門峡市

合従軍編のクライマックスとなった「函谷関(かんこくかん)」の跡は、現在の河南省三門峡市霊宝市にあります。

史料にみる函谷関の地形

南は崤山(こうざん)などの険しい山地、北は黄河に挟まれた非常に狭い谷間に築かれた関所であり、大軍で押しかけても正面から展開できる兵数は極めて限定される構造となっていました。

  • 合従軍戦のリアル:合従軍が大軍であっても、この狭隘な関所を突破しない限り咸陽へ攻め込めない構造になっていました。

(「函谷関の戦い」について、詳しくはこちらの記事をご覧ください。)

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天険に守られた「関中(かんちゅう)」という秦のホームグラウンド

秦の本拠地である「関中」とは、四方の要衝(4つの関所)に囲まれた盆地地帯を指します。

  • :函谷関(かんこくかん)/河南省三門峡市霊宝市
  • :武関(ぶかん)/陝西省商洛市
  • 西:散関(さんかん)/陝西省宝鶏市
  • :蕭関(しょうかん)/寧夏回族自治区固原市

この4つの関所を閉ざせば、外部から入る主要ルートを遮断できます。さらに渭水(いすい)流域の豊かな農地によって自給自足が可能なため、長期戦でも兵糧が尽きない「最強のホームグラウンド」でした。

地理を知ると漫画がもっと面白くなる!合戦のルートと遠征のリアル

作中の合戦シーンにおける各陣営の作戦やプレッシャーは、実際の地形や距離感を当てはめることでより立体的に理解できます。

「鄴攻め」の地理的プレッシャーと兵糧問題

王翦が打ち出した「鄴攻め」は、咸陽から500km以上離れた敵陣深くへ侵入する極めてリスクの高い作戦でした。

  • 補給線の負担:黄河を渡り、太行(たいこう)山脈の縁を回り込みながら咸陽から兵糧を運び続けることは、極めて困難な位置関係でした。
  • 現地調達の必然性:そのため作中では、敵地の兵糧を確保する「列尾・鄴の攻略」や、周辺の住民を鄴へ流入させて城内の食糧を消耗させる策が描かれます。こうした戦略の必然性が、地理を知ると腑に落ちます。

合従軍が咸陽を目指した侵攻ルートの脅威

作中の合従軍は、函谷関の正面突破を図ると同時に、南方の険しい山道を迂回して咸陽へ直接向かうルートを突きました。

  • 南方の迂回路:関中の南門である武関の方面から、咸陽の背後を脅かす侵攻ルートです。
  • 「蕞(さい)」の攻防戦のリアリティ:函谷関を迂回されてしまえば、咸陽の目と鼻の先にある「蕞」で食い止めるしかありません。地図で見ると、この一戦がどれほど絶体絶命だったかが鮮明になります。

キングダムの聖地巡礼!現代に残るゆかりの史跡・観光スポット

西安旅行の見どころ

『キングダム』の舞台となった地域には、現在も嬴政や秦王朝の圧倒的なスケール感を体感できる世界遺産や史跡が存在します。

始皇帝陵と兵馬俑坑(陝西省西安市)

嬴政(後の始皇帝)の莫大な権力と歴史の重みを最も体感できるのが、ユネスコ世界文化遺産に登録されている秦始皇帝陵博物院(兵馬俑坑)です。

  • 見どころ:等身大の兵士や馬の陶人形が、およそ8,000体にのぼると推定される圧巻の遺跡です。
  • 作品との関連:兵士一人ひとりの顔立ちや武具、甲冑の再現度が極めて高く、作中の秦軍の装備や陣形を実物で確かめられます。
  • 所在地:陝西省西安市臨潼区(咸陽市中心部から車で1時間ほど)
咸陽宮の遺址と邯鄲の歴史史跡

咸陽宮の跡地や趙の旧都・邯鄲にも、当時の歴史を伝える施設が整備されています。

  • 秦都咸陽の遺址(陝西省咸陽市):嬴政が政務をとった咸陽宮の遺構や、出土したレンガ・瓦などが保存・展示されています。公開状況は変わることがあるため、訪問前に確認するのが安心です。
  • 叢台公園(河北省邯鄲市):趙の武霊王が軍事訓練を観閲したと伝えられる台座跡(武霊叢台)があり、趙国の歴史とロマンを感じられます。

『キングダム』の舞台と現在地に関するよくある質問

秦の都・咸陽は現在のどこですか?

中国の陝西省咸陽市です。大都市・西安市(旧・長安)のすぐ隣にあり、関中平原と呼ばれる肥沃な盆地に位置します。現在は「西安咸陽国際空港」が置かれ、中国北西部の交通の要衝になっています。

趙の都・邯鄲と激戦地・鄴は現在のどこですか?

邯鄲は河北省邯鄲市です。鄴はその南およそ50kmの河北省邯鄲市臨漳県にあたります。邯鄲には趙王城遺址や叢台公園が残り、趙国の歴史をたどることができます。

函谷関は今も残っているのですか?

河南省三門峡市霊宝市に関所の跡があります。南は崤山などの山地、北は黄河に挟まれた狭い谷という地形で、大軍でも正面に展開できる兵数が限られる構造でした。これが秦の東の門を支えていました。

咸陽から邯鄲まではどれくらいの距離ですか?

直線距離でおよそ590kmです。日本でいえば東京から岡山あたりまでの距離に相当します。現代の高速鉄道なら4時間前後ですが、1日20〜30kmしか進めない古代の歩兵軍では片道で1か月前後かかった計算になります。

キングダムの聖地巡礼にはどこへ行けばよいですか?

まずは陝西省西安市の秦始皇帝陵博物院(兵馬俑坑)がおすすめです。秦軍の装備や陣形を実物で確かめられます。あわせて咸陽市の秦都咸陽の遺址、河北省邯鄲市の趙王城遺址や叢台公園を巡ると、秦と趙の対比が体感できます。

まとめ:現代の中国地図と照らし合わせて『キングダム』を楽しもう

本記事の重要ポイントを以下におさらいします。

  • 咸陽の現在地:陝西省咸陽市(大都市・西安市のすぐ隣)。
  • 邯鄲・鄴の現在地:河北省邯鄲市(咸陽から直線距離でおよそ590km)。
  • 最強の要塞:河南省三門峡市霊宝市にある「函谷関」が秦の東門を守っていた。
  • 見逃せない聖地:西安市の「兵馬俑坑」や咸陽市の「秦都咸陽の遺址」。

古代の地形や都市の位置関係を把握し、現代の中国地図と照らし合わせながら『キングダム』の熱い合戦シーンや歴史のロマンをより深く味わっていきましょう。

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みやざわりこ 中国語ライター・翻訳者 / Chinese Language Writer & Translator
中国滞在6年の経験を持つ中国語ライター。翻訳・通訳の実務経験と現地生活を通じて培った実践的な中国語コミュニケーションの知見をもとに、リアルな語学情報を発信している。
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